業種別海原会ひろば

【バンコク】宮本支部長、日本来訪
バンコク支部長の宮本裕一郎さん(H07)が出張で日本に来られたので、一緒に夕食を食べました。宮本さんはバンコク在住でバンコクの会社に勤務されているので、帰国というより「出張で日本に来る」感じです。
タイでは先月に国王(ラーマ9世)が亡くなりました。おみやげでいただいたのは今年の5月に発行された国王の即位70周年記念紙幣。額面は即位の年数と同じ70バーツで、紙幣を傾けると「70」がキラキラ輝きます。その発行からわずか数ヶ月後の死去は予想できた人はいなかったでしょう。
タイ国民が悲しみに沈んでいる様子や政治経済の動向など、どっしりとバンコクに根を下ろしている邦人だからこその興味深いお話を宮本さんから伺いました。そういえば、前回、バンコクで私がバンコク支部の皆さんとお会いした際には、前日になんとクーデターが勃発。戒厳令下での支部会となったのは良い思い出です。
バンコクでは多くの日本人がいて、もちろん海城OBもたくさん活躍しています。
バンコクにいる、バンコクにこれから行く、という方は海原会までご連絡ください。
画像上:左から国井、宮本さん、宮本さんの同僚のタイ人の方
画像下:記念紙幣
【ジャカルタ】ゴルフ大会開催
10月30日(日)インドネシア・ジャカルタのDAMAI INDAH GOLF PIKコースにおきまして海原会ジャカルタ支部のゴルフ大会が行われました。
予定では6名参加だったのですが、服部康治さん(H05)が足を骨折されるというアクシデントがあり、5名での開催となりました。
ゴルフ大会に先立ち、ジャカルタの名店「寿司清」で前夜祭。松葉杖で服部さんが参加され、怪我をされたときの緊迫した様子などを伺いました。登山は1人では危ない、奥様の奮闘もありなんとかジャカルタに戻られた、とのこと。海外での病気や怪我は大変なようです。ご無事で何より。
ゴルフ大会は先日の海原会ゴルフ大会でも使用された記念ポロシャツで揃えてラウンド。雨季だというのに何とか降り込められずに名門コースの18ホールを楽しみました。
ジャカルタ支部ではだいたい2ヶ月おきにイベントを開催しています。これは三田会をしのぐペースであるとのこと。次回は忘年会、その次は服部さんの復帰戦が予定されています。
少しずつメンバーを増やしているジャカルタ支部。まだ繋がりきれていないジャカルタの海城OBもいるようです。ぜひ以下へご連絡ください。
ジャカルタ支部連絡先:kaijo@apmjc.com
画像上:ゴルフ場にて
(左から)斎籐さん(H03)・国井(S62)・近藤さん(S52)・大橋さん(S56)・岡崎さん(H03)
画像中:寿司清にて
(左から)斎籐さん・服部さん奥様・国井・岡崎さん・服部さん(H05)
画像下:平坦で都心から至近のPIKコース
【メディア】125周年記念誌に向けて
11月1日で海城学園は創立125周年を迎えます。
125周年の節目に、海原会メディア会を中心としたメンバーによる記念誌の発行が企画されました。
10月某日、出版社の多い神保町で打ち合わせが行われました。
出版社経営、会報「海原」の元編集長 鈴木武道さん
ラグビー部OB会・メディア会の事務局 松長哲聖さん
文実生徒会OB会前会長・海原会の副会長 国井信男
実はこの3人は昭和62年卒の同期です。卒業後それぞれの道で海原会に関わり続け、この度の125周年記念誌で合流となりました。
8月末締め切りでいただいた原稿に、これから行うインタビューなどを加え、記念誌は来春に発行の予定です。
画像:左から 国井・鈴木さん・松長さん
【メディア】【プノンペン】プノンペンの夜
メディア会でプノンペン支部の北野岳さん(S55)がメディア会事務局の松長哲聖さん(S62)とともにプノンペンを訪れ、出迎えたプノンペン支部の小市琢磨さん(H05)と酒を酌み交わしました。
「食べる時間もないくらい濃厚な時間」とは松長さんの感想。
新大久保から遠く離れた場所でも海城魂はメラメラ燃えています。
そして、直行便も就航し、経済発展著しいプノンペンの和食レストランでは歌舞伎町と変わらない上質な日本酒を味わうことができます。
【北区】北区の中心で海城を叫ぶ
今夏から海原医業会の会長になった雨宮哲朗さん(S62卒)。数年前から道東の美幌を拠点に地域医療に携わっていましたが、今春から北区王子に引っ越され、関東に拠点を移されています。
その雨宮さんが、地元選出の都議に同窓がいることを知り、地元で開催された都議主催のイベントに参加してきたとの報告をいただきました。
都議の名は音喜多駿(H14卒)。ブロガー議員としてメディアの露出が増えている方です。
雨宮さんが参加したのは『社会的養護とLGBT』と題した勉強会でした。音喜多さんは、東京都でLGBTの人が里親になれるような取り組みをしている団体を支援しています。
勉強会の後は、なんと音喜多さんの33回目の誕生会。その席で雨宮さんと音喜多さんが海城時代や将来の夢について語り合いました。
雨宮(以下、雨):海城時代の思い出、母校への思いは?
音喜多(以下、音):いや?、海城時代は暗黒時代でしたからね(笑)。といっても、毎年何か同期で集まるのには参加するくらいの母校への愛着はありますよ。僕は文A(私立文系コース)だったんですよ。国公立志望の人が多かった中ですから、いわば落ちこぼれですね(苦笑)
雨:落ちこぼれってことはないでしょうけど、そこが海城の良いところですよね。
音:まさに多様性というところですね(笑)。
海城時代は個性的な友人が多かったという音喜多さん。いろいろな考えの仲間に刺激を受け、認め合った時間はかけがえのないものだったようです。
なお、現在の海城高校に文Aはありません。海城生のほぼ全員が国公立大学への進学を志望するためのようです。美術芸能・政治家・企業人など個性的な人物を多数輩出してきた文Aの消滅を惜しむOBの声もありますが、自由な校風は現在の海城にもしっかりと受け継がれています。
雨:将来の抱負を聞かせて下さい。
音:内閣総理大臣です。
雨:ほう、となるとゆくゆくは国政に…
音:そうですね。40代で内閣総理大臣になりたいと思っています。
雨:そうなるとライバルになるのは…
音:××(有名なイケメン議員)ってところでしょうかね。
雨:私はとりあえず王子が地元になりましたし、是非応援します。
音:ありがとうございます。
雨:ところで、海城では私が活動している医業会、士業会、メディア会、政治家・公務員の海志会と、海原会も業種別分科会の活動がこのところ盛んになってきています。音喜多さんにもぜひ海志会に入っていただきたいという声がありますので宜しくお願いします。
音:わかりました。宜しくお願いします。
海原会には業種別の分科会が4つあります。
関係の皆様のご参加をお待ちしています。
画像:音喜多さん(左)と雨宮さん