同期会・同窓会ひろば
雨宮さんの心意気ー会長マラソン応援ー
S62年卒、北の大地、紋別市休日夜間救急センターで、ご活躍中の雨宮 哲朗医師から、今夏、24時間TVチャリテイーマラソンに出場する徳光会長を応援すべく、海城出身の医療従事者中心に応援団を結成したいとの投稿がありました。
草加市在住のS52年卒、小林 裕明氏からも、同趣旨の意向が寄せらています。
6月4日の総会の際、本件、直接、会長に伝えたかったのですが、当日、校門に着くや否や、「俺、不整脈が出て、今病院に寄って来た」との言。
確かに、顔色は優れず、疲れがアリアリと出ている姿に、一同驚き、会長挨拶が終わったあと、すぐ帰宅してもらおうと説得したのですが、律儀にも懇親会にも、いっとき出て、帰路につきました。そのさい、校門で、陸上部のCaptainと春田先生が、手紙を会長に託していました。
やはり、マラソン応援の件でしょうか?
そんなわけで、雨宮医師の温かい応援の申し出、いまだ、彼に伝えておりません。先日いただいた海原会連絡室へのFAXととに、彼の秘書を通じ雨宮さんの心意気を出来るだけ早く伝えるようにいたします。
ところで、会長のラジオ番組(ニッポン放送、毎週土曜日、05:30am-10:50am),「トクもり、歌謡サタデイ」でも、本件話題となっており、8月20日・21日に向けての、マラソン練習など、本人が報告しています。一度、耳を傾けてみてください。
貴殿への返答大変遅れました。御容赦ください。
23年海原会総会及び36会定期総会
今年も海原会総会前の36会定期総会を開催しました。
本年は卒業後、50年目の記念すべき年度のため43名(予定46名)の参加者あり、山田会長の挨拶(写真下段)で開会。よそ見は溝口・杉山両君で当時の先生からの注意もすっかり忘れている様で、懐かしい教室にキョロキョロ!。主議案の往時、諸事情で実施されなかった修学旅行実行案も熱海・箱根・茨城を候補に一泊案で内定。以後詳細検討で可決。
参加者に今回の東北大震災被災地岩手から常連木下君も駆けつけ、被災情況を克明に報告してくれました。一同木下君の無事に安堵。
海原会懇親会では50年記念品を徳光会長より授与されましたが、代表で木下君が頂きました。徳光会長と木下君のツーショット写真は地元の皆様に披露して明るい話題にと、木下君大喜び。
懇親会終了後も二次回三次会と繁華街を徘徊し、とても70才目前とは思えないエネルギッシュな皆で、秋の修学旅行を鶴首を合言葉に分かれました。
昭和56年3年6組 卒業30周年クラス会
6月4日(土)海原会総会後、昭和56年3年6組クラス会を新大久保駅前の焼鳥屋でおこないました。出席者は担任の河野先生を含めて26名、北は北海道、南は九州から駆けつけてくれた仲間もおり、盛大なクラス会となりました。卒業以来30年ぶりに会う級友もおり、久しぶりの再会に一同大いに盛り上がりました。飲みかつ語り、思い出話に大笑いしながら、かつての同級生がそれぞれに活躍の場を広げて頑張っている姿に、大きな刺激を受け、たっぷり元気をもらいました。
(写真は2次会で撮影したものです)
昭和54年10組(前崎組)同窓会
梅雨入り最初の土曜日の夕方、母校に13名が集まり、海原会の中村さんにご協力いただいて「ミニ学校見学会」を行いました。新しい校舎や講堂を見て驚く一方、我々が学んだ校舎や教室がまだ残っていることに感動するなど、とても充実した45分間でした。残念ながら、当時お世話になった先生方の多くは様々な形で母校を去られてしましましたが、剣道の内堀先生にお会いすることができ、その元気なお姿に30年以上前の高校生活がまざまざとよみがえってくる思いでした。
母校を出た後は後発の3名を合わせた16名で、これまた韓流ブームで大きく変わった新大久保の町で酒を酌み交わしました。フルマラソンで立派な成績を残している者、メタボ対策に取り組んでいる者、タイ(東南アジア)が大好きな者、平気でユッケをほおばる医者たちなど、気の置けない仲間との楽しい3時間を過ごしました。
なお、今回の集まりの連絡が届かなかった方の中で、もしもこの記事を読まれた方がいらっしゃったら、ぜひご一報をお願いします。なお、今回のような比較的規模の大きい同窓会とは別に、不定期に都合のつくメンバーで会っていますので、「海原会へのお問い合わせ・ご連絡」経由で里方宛に是非ご連絡ください!
写真1:(海城正門にて)後列左より中村、藤井、関口、赤須、中島、清水、富田、前列左より里方、宇内、伊藤、河野、羽田、幡中 計13名
写真2:(新大久保近くの「緑香館」にて)遅れて石川、大崎、平野が参加
リニューアル以前の記事は旧 広場で見られます。